塩釜聖書バプテスト教会
Shiogama Bible Baptist Church
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祝福はどこから

8/26/2025

 
聞け、イスラエルよ。あなたは今日、ヨルダン川を渡って、あなたよりも大きくて強い国々を占領しようとしている。その町々は大きく、城壁は天に高くそびえている。 2  あなたがよく知っているアナク人は、大きくて背が高い民である。あなたは「だれがアナク人に立ち向かえるだろうか」と言われるのを聞いたことがある。 3  今日、知りなさい。あなたの神、主ご自身が、焼き尽くす火としてあなたの前を進み、彼らを根絶やしにされる。主があなたの前で彼らを征服される。あなたは主が約束されたように、彼らをただちに追い払って滅ぼすのだ。 4  あなたの神、主があなたの前から彼らを追い出されたとき、あなたは心の中で、「私が正しいから、主が私をこの地に導き入れ、所有させてくださったのだ」と言ってはならない。これらの国々の邪悪さのゆえに、主はあなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。 5  あなたが彼らの地を所有することができるのは、あなたが正しいからではなく、またあなたの心が真っ直ぐだからでもない。これらの国々の邪悪さのゆえに、あなたの神、主があなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。また主があなたの父祖、アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためである。
(申命記 9:1-5 SKY2017)

この聖書箇所は、イスラエルがカナン人たちを追い出してその場所に住み始める前に、神がイスラエルの民に語られた言葉です。
神はイスラエルがカナン征服に成功する事をご存知でした。そして、彼らがそのことを達成したあとで、高慢になって神を忘れないようにあらかじめ忠告をお与えになりました。それが今日の聖書箇所です。

ここから分かることは、神様は私たちの正しさに従ってことを行う方ではなく、ご自身の約束に従って事を行なってくださるお方だということです。

もし私たちの信仰の歩みの中で祝福が与えられたときは、自分自身の正しさや立派さがその結果をもたらしたのではなく、神ご自身が誠実に祝福してくださったからこそであることをいつも思い出す必要があります。私たちは簡単に高慢になりやすく、そこの高慢さが、せっかくの祝福を台無しにしてしまうことも多々あります。本当に気をつけたいですね。

私の為に痛みを担う方

8/19/2025

 
イエスは答えられた。「わたしがそれだ、と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちは去らせなさい。」
これは、「あなたが下さった者たちのうち、わたしは一人も失わなかった」と、イエスが言われたことばが成就するためであった。
(ヨハネの福音書 18:8-9 SKY2017)


これは、イエス座が十字架に付けられる前に、彼を捕まえに来た兵士たちとのやりとりの一部です。

イエス様はこれから起こるであろう事をすべて知っておられました(18:4)。十字架につく事も、ユダ以外の弟子達が自分から逃げていく事も。

でも自分が裏切られたり、見離されたりしたとしても、ご自分は弟子たちを決して見離す事はなさいませんでした。むしろ、彼らを兵士たちから守るために、自らすすんでご自分の身を明かし、弟子達に兵士たちが危害を加えないようにお願いしました。

最後の最後まで、弟子たちに、神の愛を示してくださいました。しかしそれは当たり前の事ではありませんでした。イエス様は弟子達の裏切りに心を痛めておられましたが、それでも謙遜に、自分が痛みを担う事で、彼らに危害が及ばないようにされたのです。

神の愛は具体的な愛、つまり自分が他者のために痛みを担う愛なのです。

神の声の聞き方

8/17/2025

 
しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導いてくださいます。御霊は自分から語るのではなく、聞いたことをすべて語り、これから起こることをあなたがたに伝えてくださいます。
(ヨハネの福音書 16:13 SKY2017)

「御霊は自分から語るのではなく」とあります。神の霊である聖霊(御霊)は、何か新しい啓示を人々に与えるという事はありません。

しかし「聞いたことをすべて語り」とあります。すなわち聖書を通してすでに語られた神の言葉を通して、聖霊は私たちに語りかけてくださるお方です。

神は沈黙しておられません。聖書を通して語りかけてくださるのです。

イエスが毛嫌いされた事

8/5/2025

 
そして、宮の中で、牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを見て、細縄でむちを作って、羊も牛もみな宮から追い出し、両替人の金を散らして、その台を倒し、鳩を売っている者たちに言われた。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家にしてはならない。」
弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。
(ヨハネの福音書 2:14-17 SKY2017)

イエス様は滅多に怒りませんでしたがこの箇所では、珍しく怒っておられます。「父の家を商売の家」にする事が、彼にとっては許せない事だったのです。

宗教は商売になります。先日親戚の葬儀があった。事前のお寺との打ち合わせで、戒名を得る為には、120万円から40万円までオプションがあり、支払い額によって戒名の文字数が多くなったり少なくなったりすると親戚が説明を受けたそうです。一生お墓に残る戒名なので、何とか頑張ろうと考えるのが残されたものにとっては当然の事ですが、実際は大きな負担となっています。でも今更お墓を変えたりすることもできませんので、そのお寺でお世話になるしかないのです。

クリスチャンが多い国々では、ある牧師たちはその状況を利用して必要以上にお金を集めて豊かな生活を送っています。どれくらい集めるのが多くて、どれくらいが少ないかは、土地柄やその土地の経済状況によって変わるので、一概にどれくらいがちょうど良いと言い切ることは出来ません。神のお名前を使って金儲けをしてやろうと考える事は少なくとも間違っていると言う事です。

私自身も牧師として、改めてイエス様のこの怒りを真摯に受け止めて、身を引き締め、与えられているものに感謝し、足りなければ祈り、神ご自身が私の雇い主であり、私の必要を満たしてくださるお方である事を常に思い出し、心配せずに神に仕えて行きたいと思いました。お金が神様にならないように。

何かを失っても

8/4/2025

 
サムエルはサウルに言った。「愚かなことをしたものだ。あなたは、あなたの神、主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルにあなたの王国を永遠に確立されたであろうに。
しかし、今や、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、主はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。主があなたに命じられたことを、あなたが守らなかったからだ。」
(サムエル記 第一 13:13-14 JDB)


サウルは、イスラエルの中で選ばれたはじめての王だった。彼がもし神に従って歩んだならば、ダビデではなく、彼がアブラハムの祝福の約束を受け継ぐものとなったであろう。

しかし、彼が先走って神を恐れずに、自分に与えられていない祭司の務めを行ってしまった故に、その祝福は彼から奪われてしまった。

そして彼は悪霊に取り付かれて、惨めな最後迎えることになる。

サウルが神の前に大きな罪を犯してしまったのは、自分の仲間が自分から離れて行く事を恐れたからであった。自分の仲間を失っても、神を愛し続けることができるかどうか、これが彼にとっての大きな分岐点だった。


彼は結局、最終的には、神の力ではなく、人間の力、仲間の力を信じていたのであろう。実際彼は、優秀な人物を見つけると、いつも自分の家来にしていた。


良いチーム作りをする事は何か事を行うときにとても重要である。しかし、どんなに良いチームがあったとしても、神を恐れなければ結局のところ神が与えようとしている大いなる祝福は逃してしまう。むしろ、神が望んでおられることと、正反対のことを行ってしまうことだってあり得る。

最後まで主に信頼していきたい。
自分が何かを失うとしても。

    執筆者

    牧師の大友です。聖書から私が学んだことを分かち合っていきたいと思います。

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