塩釜聖書バプテスト教会
Shiogama Bible Baptist Church
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宣教にロマンスはないが、それでも大丈夫

5/7/2025

 
 子羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てた証しのゆえに殺された者たちのたましいが、祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んだ。「聖なるまことの主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者たちに私たちの血の復讐をなさらないのですか。」 (黙示録6:9,10)

現在、アメリカのクリーブランドのパークサイド教会という場所で行われているカンファレンスに参加しています。そしてこの教会が長い間サポートしているインドのアイザック宣教師からお話を聞くことができました。

彼が宣教報告の冒頭で言ったことは「宣教にロマンスはない」と言うことでした。つまり宣教は綺麗事ではないと言うことでした。インドでは統計で見ると、2時間に1人のクリスチャンがその信仰のゆえに殺されているそうです。

あるインドの若いご夫妻の話を聞きました。このご夫妻には三人の子供がいますが、夫はクリスチャンになったことで殺されました。また妻は襲われて襲った人の赤ちゃんをその体に宿しているそうです。

アイザック宣教師は奥様と一緒に、このように信仰による迫害のために苦しんでいる人々のためのトラウマケアにも取り組んでいるそうです。

日本においてもかつて、秀吉から江戸時代にかけて非常に厳しい迫害がキリシタンに対してありました。遠藤周作の「沈黙」などを読むと当時の生々しい迫害の様子がわかります

迫害は本当に恐ろしいことです。しかし神は、そのような迫害をする者たちの魂をいつか必ず正しく裁き、殺された人々の魂はよみがえらせ、永遠のやすらぎの中にいれてくだいます。

信仰がない人にとっては、このような生き方は、あまりにも無謀、あまりにも残酷、そしてあまりにも滑稽に映るかもしれません。

しかし、クリスチャンにとっては、迫害の中でもキリストに従い続けている人々の後ろ姿を見ることは、大きな励ましとなります。また、キリシタンが命がけで徳川や地域の迫害の中にあっても信仰を守り通したと言う歴史は、私たち現在の日本人クリスチャンを励まします。

それは、この信仰によって約束されている「永遠のいのち」の希望が、彼らの人生を通してありありと私たちに伝わってくるからです。そして私たちもまた、彼らの生き方に倣い、キリストに命をかけて従いたいという新たな決意を与えてくれるからです。

今回のカンファレンスでは、塩釜教会のこれからの5か年の宣教計画のための土台を受け取って帰りたいと願っています。お祈りください。
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    牧師の大友です。聖書から私が学んだことを分かち合っていきたいと思います。

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