塩釜聖書バプテスト教会
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クリスマスをなぜ祝うのか

12/17/2025

 
初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
(ヨハネの福音書 1:1 SKY17)
この聖書箇所はイエス・キリストについての説明を使徒ヨハネがしているところです。

「はじめ」とは世界の初めのことです。すなわち天地創造の時です。

​天地創造の時、この地上には何も存在しておらず、神の「ことば」だけがそこにありました。そして、その「ことば」が、世界を創造したのです。そしてその「ことば」が、イエスであったということです。つまりイエスは神であったのです。

(ちなみに、新改訳聖書はこのイエスの神性を強調するために、あえて「言葉」を「ことば」という平仮名にしているようです。)

さて、イエスは、聖書を通して多くの言葉を残してくださいました。
例えば「受けるよりも与える方が幸いである。」(使徒20:35)という言葉です。

彼の人生は、まさにこの言葉通りの人生でした。

彼は人々の体と魂を癒し、嫌われた者たちの友となり、彼が持っている全てを他の人々のためにささげて、神を宣べ伝えました。

一方で彼は、神であるにもかかわらず、汚い家畜小屋に生まれ、家族や親戚から村八分にされ、宗教家たちから迫害され、弟子たちに裏切られ、最後は不当な裁判にかけられて十字架で死刑になりました。

彼は、ご自身が神であるということで人々から何かを奪うことも、威圧することもせず、逆に自分の人生を謙遜に人々に分け与えました。

そして最終的に神の救いの計画----人類が受けるべき神の裁きを、神なるイエスが代わり背負われて十字架の死を通して贖罪を完成し、人々に永遠の命を与える---を達成されました。

まさに「受けるよりも与える方が幸いである」をその人生において実践されたお方でした。

イエスにとって、ご自身が発した「ことば」は、他人へのメッセージだけはなく、ご自身の存在を表す「ことば」でもあったのです。

聖書を通して残されているイエスの「ことば」は、イエスが責任をもって発した言葉であり、信じるに値する言葉です。

クリスマスは、この「与える」神が2000年前に、この地上にお生まれになったことを記念してお祝いする日なのです。

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    執筆者

    牧師の大友です。聖書から私が学んだことを分かち合っていきたいと思います。

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